深里「あつはなついな〜

top

深雪〜miyuki〜 The sky in summer


目の前が歪んで見える様な、蒸し暑い夏の日。

僕達は容赦なく照らしつける太陽の光から逃げる様に、小さな喫茶店へと駆け込んだ。

"喫茶コーヒー牛乳"

表の掛けられたお店の看板。
右上にコーヒーをかけられた牛のイラストが載っている。

そしてその下に小さく書かれた文字。

"やぁ…そんなにかけちゃらめだモー…"

……。

何か…僕が目を付けたところっていっつも変なお店ばっかな気がするんだけど…。

「…裏葉さん?
「あ、ごめんなさい。入りましょうか

…まぁ、今はそんなことはどうでもいいか。

今日はせっかくの深雪たんとのデートなんだから、牛のことを考えてやってる暇はないのだ。
乳のことはいつも頭の片隅においてるけどな。

―店に入るなりカラランと鳴る心地よい鐘の音。

そこは小さいながらもオシャレな雰囲気のする喫茶店だった。
冷房のよく効いた店内は、外の暑さが嘘の様に涼しい。

ウェイトレスさんに案内されて、僕らはお店の一番奥の席に腰を下ろした。

「ふぅ、店の中は冷房効いてて涼しいですねー
「ほんとう…気持ちいいです

気持ちいいです…だと!ビクビクッ

「私、暑いのって苦手で…溶けちゃうかと思いました、えへへ

と、深雪たんが冗談交じりにそんなことを口にする。

気持ちいい…!溶けちゃう…!ビクビクッ
いらん妄想に励みつつ、僕はテーブルの隅に備え付けられたメニューを広げる。

「なんだか、初めて入るお店ってどきどきしちゃいます
「そうですか?

メニューに目を向けながら、目の前の少女が口を開く。

「その…見るモノ全てが新しくて新鮮な感じがして、楽しいです
「でも、ちょっぴり怖いですけど

えへへ、と舌をぺろっと出す深雪たん。
待て、その仕草は反則すぎるぜ。

もっかい頼む。

「お客様、ご注文はお決まりですか?

そんな時。
ホールを回っていたウェイトレスさんに声を掛けられた。

「あ、えっと…

話に夢中で全然メニュー見てなかったぜ…。

「当店ではコーヒー牛乳をお勧めさせて頂いております
「じゃあ、それで

つーかコーヒー牛乳って言うよりカフェオレって言った方が喫茶っぽいよなとか野暮な事を考えつつ。
僕はウェイトレスさんに言われるがままにコーヒー牛乳を注文した。

「深雪さんはどうします?
「えと…私、オムライスが食べたいです…
「コーヒー牛乳が一つに、オムライスが一つですね。かしこまりました

ウェイトレスさんがぺこっとお辞儀してメニューを下げてくれる。

「深雪さんって、オムライス好きなんですか?
「え…?どうしてですか…?
「いや、前一緒にご飯食べに行った時も頼んでたから
「あ…

かあぁぁぁと顔を真っ赤にする少女。

「あうぅ…

と、同時に彼女は顔を下にして俯いてしまった。

「ど、どうしたんですか?
「だって…、子供っぽいですよね、オムライスが好きだなんて…
「あ、いや…

意外にも深雪たんは自分がオムライスが好物な事を気にしていたらしい。
まぁ…確かに深雪たんって色々子供っぽいとこがあるけど…。

といっても…

「…裏葉さん、目つきがいやらしいですよ
「え!いや、まさかそんなことは、hahaha

…女の子というのは、どうにも目線に敏感で気が抜けない。
しかしええ乳してまんなぁ、お嬢ちゃんオホホッ!

「でも、確かに深雪さんってケチャップたっぷりついたオムライスとか好きそうですよねー
「…ひょっとしてからかってます?
「少し
「…ばか

少しムスっとしたその顔が可愛くて。
僕はつい、意地悪な事を言いたくなってしまう。

「あはは…、まぁ好きなものは好きでいいんじゃないですか?
「もう…、私真剣に悩んでるんですよ?

深雪たんがぷぅーと頬を膨らませてジトーと僕を睨む。

仕草がいちいち萌えやがる…。
ビクビクッ

「うーん…だけど何が好きでも深雪さんは深雪さんですよ、うん

などと、僕はそんな適当な答えでお茶を濁す。

別に真剣に話を聞いてないわけじゃないけど、それが僕が思い描いた一番素直な答えだった。

それに…子供っぽいところも深雪たんの可愛いところだと思うし!

「もう…裏葉さんたら、その台詞ちょっと恥ずかしいです
「う…

そう言って苦笑いする深雪たん。

…まぁ確かにその通りだけど。
しかし改めて突っ込まれると顔が赤くなるからやめてほしい。

「でも、そうですよね。有難うございます、裏葉さん
「あ……、うん

深雪たんの笑顔。
その素朴で真っ直ぐな笑みは、見ているだけで目の前の世界が明るくなるような。

そんな気さえするその笑顔に、僕はぽーっと惹き込まれてしまった。

かわ…いいよな、やっぱり…。

「ふふ、お客さんお熱いですね
「わっ!
「ひゃ!

…見ると、オーダーを運んできたウェイトレスさんが笑顔でそこに立っていた。

周りが見えなくなるとは、こういう事を言うのだろうか。
その存在にまるで気が付かなかった僕達。

ああ、深雪たんがまた顔から火を吹いてる…。

「えっと…、早いですね…
「当店では安い、早い、美味いを自負させて頂いておりますので。
 ではどうぞ冷めないうちにご賞味ください

どこのラーメン屋ですか。

しかしなるほど、確かにコーヒー牛乳もオムライスも美味しそうだ。
オムライスなんて卵がいい感じにとろけて、見てるだけでよだれが出てきそうになる。

「あの…裏葉さん、コーヒー牛乳だけでお腹すきませんか?

カップに手をかける僕を見て、深雪たんがそう僕に問いかけてくる。

「え、まぁ少しは…

お腹をすかないといえば嘘になるが。
しかしそこまでお腹いっぱい食べようという気分でもなかっただけで。

「だったらオムライス、裏葉さんも食べてください
「え、いや僕はいいですよ
「はい、どうぞ
「う…

遠慮する僕を余所に、深雪たんはスプーンでオムライスをすくい、僕の前まで運んできた。

「はい、あーん
「……あ、あーん

ぱくっ。

う…

「美味…い
「うふふ



―。

「割と美味しかったですね
「裏葉さん!
「は、はい
「割となんてもんじゃないです!ここのオムライス、反則ですよ!
「は、はぁ…

相当気に入ったんだろうか。
店を出るなり、深雪たんが悦に浸っていた。

ほんとに好きなんだなぁ…オムライス。
今度オムライスの街にでも連れてってあげよう、そんなのあるのか知らないけど。

「ね、裏葉さん?
「ん?

「また…、一緒に食べに来ましょうね
「…はい、もちろん

その時、僕は強く願った。
この幸せな日々がいつまでも続きますように、と。

ずっとこの娘と一緒に居られますように、と。

それはきっと叶わない我が侭。
それでも僕は願ったんだ。

―その果てしなく蒼い夏空の彼方へ。


Copyright (C) 2008 とらいあんぐる!, All rights reserved.